~第8回サロン・ド・脳~:本田直樹先生

演者:本田直樹先生 (広島大学統合生命科学研究科)

題目:神経回路形成・意思決定のデータ駆動生物学

日時:2023年9月21日(木)15:00 - 18:00

場所:京都大学 総合研究8号館 1階 講義室1

概要:神経回路形成と意思決定の2つのトピックについてお話したい。

1.脳の神経回路はいかにして配線されているのでしょうか。脳の発生過程において、軸索の長距離投射は遺伝的に規定されていると考えられていますが、投射元と投射先との対応関係が分子によってどのようにコードされているか良く分かっていません。本講演では軸索投射の数理モデルを紹介し、またデータ駆動に軸索投射ルールを解読する取り組みについて紹介します。

2.動物やヒトの意思決定を理解するためには、行動の背後にある戦略や認識、心の葛藤などを読み解く必要があります。最近、我々は動物の行動データから行動戦略を解読する「逆強化学習法」および認識・心の葛藤を解読する「逆自由エネルギー法」を考案してきました。本講演ではこれらの研究を解説するとともに、非合理的な意思決定を理解する取り組みについて紹介します。

〜サロン・ド・脳〜 第八回目は本田直樹先生

 サロン・ド・脳 第8回は、元世話人の一人でもあり、強力なデータ駆動アプローチで大活躍中の本田直樹さんです。「逃げられないと思って引き受けました」と、快く引き受けていただきました。講義室は始まる前から活気溢れる盛況。もちろん逃げられません。スタート前から「本田さん貫禄ついたんじゃない?」と篠本さんからの鋭い突っ込みが炸裂です。

 ところがさすが本田さん、そんな篠本先生の突っ込みを軽く吹き飛ばす可愛すぎる子供時代の写真でスタート。理系好き少年としてのびのび育ち、さらに自由すぎる同志社中高時代には、好きな勉強しかしないと心に決め、理科や数学だけを大学生のように自分で勉強したそうです。いまの本田さんの自由な発想と実行力の原点を感じます。同志社大に進学した本田さん、意外なことに現在活躍中の生物や情報ではなく、化学プラント製造プロセスの制御の実験で研究スタート。プラント制御の観点はシステム生物学研究にとても役立っているそうですが、直後にまさかの退学・・・。居酒屋バイトで学費を稼ぎカナダ語学留学(「英語全然勉強してなかった」「でも4ヶ月行ったらこれまでの6年間なんだったのと思うくらいになります」)などを経て、これからは脳の時代だとの思いで、奈良先端に入りますが、これも今の本田さんからは意外なことに、最初はベイズが大嫌いだったそうです。

 盛り上がりまくった生い立ちの次は研究ポリシー。自身を、神経科学者や理論家ではなく「生物学者」だとする本田さん。「生命機能とは入出力関係」であり、今ならそれを「データ駆動」と「数理モデル」で明らかにし「データ駆動で生命を定義」できる、とクリアな説得力で熱く語ってくれました。さらに話はDavid Marrの三原則に及びますが・・。なんとそこは地雷原。あちこちから突っ込みが入り、生命現象記述の次元はどうあるべきか、予言できれば良いのか、Marrで良いのかなど、忌憚ない熱い議論が飛び交います。

 そしてついに研究の話へ。ここからは圧巻です。まずは神経科学以外の本田さんの数々の研究成果の紹介。トランスクリプトームのzero-shot推定、幹細胞増殖のバースト、上皮細胞移動のシステム同定、最適輸送と臓器感ネットワーク研究など、どれ1つとっても数時間の研究会が大盛り上がりしそうな面白さでしたが、今日は紹介にとどめ、メインの神経科学に突入です。

 最初の話題は軸索伸長における成長因子。状況に応じて誘引と忌避を切り替える軸索成長因子の双方向性を、「超絶簡単なモデル」というActivatorとInhibitorの応答曲線から見事に説明します。モデルから3状態性を予測して実験検証する素晴らしさで、ここまででも十分凄いのですが、さらにこれが、皮質間でのトポグラフィックな軸索投射の理論と、コネクトームや遺伝子発現を駆使するデータ駆動研究へと展開していきます!凄すぎます。面白すぎです。

 次の話題は逆強化学習を利用した線虫の価値関数の推定。受動ダイナミクスを利用するTodorov 2006の枠組みを利用して、線虫の温度走性における価値関数を推定します。価値観数には、記憶温度へ向かう温度勾配の成分と、一定温度に留まる成分の2成分があることを発見。さらに単一戦略モデルから多戦略モデルへと展開していきます。これも凄い!

 すでに時間いっぱいですが、最後は盛り上がり必至の「逆自由エネルギー原理」を用いたメンタルコンフリクトの研究です。環境を推定するネズミの状態を観測者が推定するという極めて複雑な問題を、自由エネルギー原理を拡張しベイジアンサプライズ部分に着目することで、実験データから「好奇心」を推定することを可能にし、なんとネズミが「負の好奇心」で行動していることを発見します。これも面白すぎる研究ですが、そこはサロン・ド・脳です。行動選択モデルの妥当性、自由エネルギー原理との違い、好奇心という概念の妥当性など、熱く忌憚ない議論で懇親会時間ギリギリまで盛り上がりました。

 もちろん懇親会も大盛り上がり。若手からの研究費の質問に「今の僕は毒まんじゅうで出来てる」「でも、毒まんじゅうも食べたら美味しいよ!」には、本田さんの真の貫禄を感じました!

 本田さん、そして参加していただいた皆さん、今回も本当にありがとうございました!

文責:寺前