~第6回サロン・ド・脳~:髙橋 淳先生

演者:髙橋淳先生 (京大CiRA)

題目:Cell-based therapyへの挑戦

日時:2019年11月8日(金)15:00 - 18:00

場所:京都大学医学研究科 先端科学研究棟1F 大会議室

概要:1998年にヒトES細胞、2007年にヒトiPS細胞の樹立・培養技術が開発され、その応用方法のひとつとして再生医療に期待が寄せられるようになった。我々は細胞移植によるパーキンソン病治療を目指して開発研究を進めており、昨年ようやく臨床試験を開始するに至った。細胞移植の導入によって、従来の薬物治療や外科的治療とは全く違った考え方に基づく治療が可能になりつつあるが、同時に脳への介入がどこまで許されるのかという倫理的な問題も生じつつある。本講演では基礎研究から臨床試験に至る我々の成果を紹介し、今後の展望や課題について議論します。

〜サロン・ド・脳〜 第六回目は高橋淳先生

 高橋先生は、京都大学に入学される前に、すでに脳神経外科医になることを志望されておられたとのことです。約20年間、脳神経外科の現場でご勤務されたとのことですが、神経再生医療を目指して、研究者への道にシフトされたとのことでした。しかし、今でもマインドは「脳神経外科医」だそうです 。

 現ソーク研究所の所長である、Fred “Rusty” Gage博士のラボに留学され、そこが、神経幹細胞との出会いであったとのことです。その時は、神経幹細胞の培養が樹立された黎明期であり、神経幹細胞を培養してニューロンを分化誘導した世界で初めの数人の研究者のうちの一人であったであろう、とのことでした。

 講演では、

1: 治るとは

2: 死の谷を超える

3: 再生医療とは

の3つのトピックについて、話題提供いただきました。

 

 「1: 治るとは」の話題では、プラナリアの再生から始まり、核移植やクローン動物の作製、iPS細胞の発見まで、発生工学や再生医学の歴史を紹介いただきました。高等生物は自己修復能は低いが、すべての分化した細胞にも、体のすべての細胞を作る遺伝的設計図は保存されており、遺伝子発現の鍵を開けることができれば、初期化(リプログラミング)ができるのでは?という発想が根底にあることを、話して頂きました。リプログラミングが成功して、iPS細胞が使えるようになった出来事は、人類が火やコンピューターを使うようになったと同じレベルの分岐点で、iPS細胞の発見は『人類は「細胞」を手にした。』と表現されていたことが印象的でした。

 高橋先生は、特にパーキンソ病の治療に関わってこられた経緯から、L-ドパの服用や、脳深部刺激療法(deep brain stimulation:DBS)の実際について、臨床の現場におられる先生からしかお聞きできないような話をお聞きすることができました。「人間のあり方を変えてしまう」DBSのスイッチを、医師である自分(他者)が持っていていいのか?という当時の葛藤は、今でも抱き続けているとのことです。

 しかし、これらのパーキンソ病の既存の治療法は、既存の残った細胞でどのように対処するか?減りつつある細胞をどうやって保つか?という、根本的には対処療法であり、iPS細胞を使った細胞移植医療は、細胞を新たに補うという発想・パラダイムの転換であると強調されていたのが、印象的でした。

 「2: 死の谷を超えるには」の話題では、再生医学を医療の現場に届けるには、様々なハードルを超えないといけないことを、iPS細胞を用いた、パーキンソン病の細胞移植医療の確立における、自らのご経験を元に、詳細にお話し頂きました。「死の谷」とは、実際の臨床につなげるために超えなければならない、critical stepという意味合いです。科学的根拠、非臨床研究、治験に分けてお話し頂き、いずれも現場でご経験された方からでないとお聞きできないようなお話しばかりで、驚きの連続でした。SwedenのLund大学を中心とする、胎児脳由来の神経細胞を用いた、パーキンソン病の細胞移植医療の歴史についても教えて頂きました。

 

 「3: 再生医療とは」の話題では、故 笹井芳樹先生が、ES細胞からドーパミン神経を分化誘導することに成功し、共同研究を通じて、「『ここからは君の仕事だ。』とバトンを渡された。」と言われたというエピソードも印象的でした。そこから、iPS細胞の発見もあり、自家移植の可能性が出てきたことで、高橋先生の細胞移植医療の実現を目指した研究も、一気に加速することになります。

 高橋先生自身も、ES/iPS細胞からドーパミン神経をより効率よく分化誘導・精製する手法の開発に成功され、Corinという分子(Type2 膜貫通プロテアーゼ)や、SMAD pathwayを阻害する低分子化合物を用いることで、現在は非常に効率よく、ドーパミン神経の「前駆細胞」を集めることができるということです。移植した細胞が、脳に効率良く定着するためには、この「前駆細胞」の状態のドーパミン神経を、いかに精度よく集めてくるかが、キーポイントのようです。治験に進まれるまでの非常に慎重な事前検討の進め方にも驚かされました。ラットやカニクイザルでの詳細な動物実験を通じて、安全性、有効性、品質管理の厳しい基準をクリアされた上で、2018年8月に患者募集開始、2018年10月に第1例目の手術が実施されたとのことです。対象患者は7名、それぞれ2年間の経過観察を行うそうです。移植したドーパミン神経の「前駆細胞」が、カニクイザルの脳の被殻に生着し、神経突起を張り巡らしている組織写真は驚愕すべきものでした。

 「再生医療は総合芸術である。」と表現されていたのも印象的でした。細胞移植の基礎技術を開発する研究者、医療機関、製薬メーカー、工学メーカー、医療倫理や安全性を扱う機関ならびに患者さん が、共同して初めて実現する未来であることを、強く強調されておられました。

 今後は、パーキンソン病の細胞移植医療の発展に加えて、脳梗塞や脳血管障害の再生医療の実現に向けても、チャレンジして行かれるとのことです。

 

 最後にフロアに向けて、脳神経系に「人類が手にした細胞」を使って介入するという倫理的問題について問題提起をされました。これまでのサロン・ド・脳では、意識についても扱ってきたため、幹事会のメンバー一同も含めて、考えていかなければならない課題がまた増えたように思います。

 

余談:

 懇親会では、iPS細胞由来の網膜色素上皮細胞の移植医療で有名な、そして奥様であられる、高橋政代先生との出会いについてのお話しでも盛り上がりました。我々が懇親会で学んだ教訓は、「偶然は必然である」、「iPS細胞の『i』を大文字と間違ってはならない」であるように思います。

文責:今吉 格