~第4回サロン・ド・脳~ 島崎秀昭さん

演者:島崎秀昭先生 (京大・情報)

題目:神経細胞集団活動の統計解析:脳の熱力学に向けて

日時:2019年6月7日(金)15:00 - 18:00

場所:京都大学医学研究科・先端科学研究棟1F 大会議室

概要:脳の神経細胞はスパイクを介し協調して情報を処理している.相互作用する神経細胞集団に対し,講演者はこれまで統計学・機械学習・情報幾何・統計物理学・熱力学の知見を横断的に使用して,その情報処理に迫る手法を開発してきた.本講演の前半では単一神経細胞の発火頻度推定・複数神経細胞活動の相関構造の推定手法を解説し,これにより明らかになる神経活動の高次統計構造・背後のネットワーク構造・刺激情報源の符号化を紹介する.特に多体の相互作用を記述する統計物理モデルを時系列解析へ拡張して覚醒動物の神経活動に適用することで,個々の神経細胞の記述に基づいて系の巨視的な量(熱力学的量)のダイナミクスを推定できることを示す.後半では脳のダイナミクス・学習に対する新しい見方を提案する.脳の統一理論として推論・学習・行動を変分自由エネルギー最小化で説明する理論(自由エネルギー原理)が提案され,従来の予測符号化理論・ベイズ脳仮説を包含した形で研究が進行している.ここではこの理論における推論のダイナミクス・生成モデルの学習に対して熱力学的な取り扱いを導入し,推論(神経応答)のダイナミクスに対するエントロピー保存則(第一法則)を導き,学習がエントロピー増大則(第二法則)として表される条件を示す [1].ベイズ推論を実現する神経ダイナミクスでは,初期の刺激応答に対しフィードバック回路による事前知識が時間遅れで融合し,事後分布としての神経応答が形成される.第一法則に基づき,この時間遅れの変調を伴う神経ダイナミクスが熱機関と同様に取り扱えることを示す(ニューラルエンジン仮説)[2].多くの電気生理実験で刺激に対する初期応答ではなく遅い応答コンポーネントの変調にコンテクスト・注意・気づき・報酬価値等の情報が表されると報告している.脳を情報論的なエンジンと見ることで,能動的な刺激変調を定量化しその効率を計算できる.脳の熱力学的な解析に向けて理論と検証のツールが整ってきたことを示したい.

 

参考文献

[1] Shimazaki H. The principles of adaptation in organisms and machines I: machine learning, information theory, and thermodynamics. (2019) arXiv:1902.11233

[2] Shimazaki H. Neurons as an Information-theoretic Engine. (2015) arXiv:1512.07855 (Book chapter, Springer 2018)

〜サロン・ド・脳〜 第四回目のゲストは島崎秀昭さん

 サロン・ド・脳 第四回は,世話人の一人でもある島崎秀昭さんにお願いしました。というより、講演者として名乗り出て頂いた感じです。最近、島崎さんは脳を熱力学的に理解するという挑戦的な「ニューラルエンジン仮説」を発表され、またその理論のもと注意や意識的体験などの脳の高次機能の定量化ができると提唱されておられます。理論色が強い内容ですので、人の集まりが悪いかも…と思いきや、大講義室が一杯になるほどの盛況ぶりでした。

 まずはサロン・ド・脳おなじみのこれまでの人生を語る前半。実は島崎さん、甘利俊一先生と同じ高校出身であることを紹介。慶応大学で物理や制御、情報について勉強し、4年次の卒研では脳の研究がしたいと訴え、玉川大学の相原威先生・塚田稔先生の指導のもと海馬スライスを用いたSTDP実験を行ったようです。しかも、卒研の内容を論文として出版されておられるようです。大学卒業後は、神経科学をより深く学ぶため、なんと、アメリカのションズ・ホプキンス大学の大学院に留学し修士号を取得。アメリカの授業は本当に大変らしく、めちゃくちゃ勉強したようです。その間、色々悩んだ結果、「やはり理論をやる!」ということで、後期博士課程はあの篠本滋先生(サロン・ド・脳アドバイザー)のもとで研究し、学位を取得。理研やMITでのポスドクを経て、車会社のHONDAに入社。しかし、なぜかHONDAの資金のもと京大でラボを立ち上げ、今に至るという波乱万丈の人生にびっくり。

 それでは発表内容。

1. 神経細胞の発火レート推定

島崎さんは、神経細胞の発火レート推定で用いられるヒストグラムやカーネル密度推定における最適なビンサイズやバンド幅を決める手法を開発。この手法は神経科学研究で広く使われているのです。凄い!

2. 複数神経細胞の活動の高次相関

島崎さんは状態空間モデルを用いることで、スパイク系列データから神経細胞の高次相関の時間変化を調べる手法を開発。そして、サルのM1野では運動準備に伴い三体相関が増加することを発見。さらに、発火ではなく非発火の高次相関に着目し、実際の神経活動には「同期非発火」がよく起こることを示し、またそれを説明する物理モデルも提案されました。その他にも、最新の神経符号化のトピックも紹介されました。

3. 脳の熱力学

この時点ですでに2時間半が経過し、残り30分。かなり駆け足で本題である脳の熱力学について解説。詳しい内容は島崎さんの日本語解説記事(リンク↓)に任せるとして、生成モデルに基づく神経活動の刺激応答や学習に関して熱力学第一法則や第二法則と同等のものを導出。さらには、感覚刺激の注意による変調に関わる刺激応答の遅いコンポーネントを説明するニューラルエンジン仮説を提唱し圧巻でした。最後に、恩師である篠本滋先生が「理論自体は素晴らしいが、自己満足に過ぎないか?皆を幸せにする理論でなければならない。」と厳しくも愛のあるコメントされたことは印象的でした。

Shimazaki H, Neurons as an Information-theoretic Engine. arXiv:1512.07855 (2015)

島崎秀昭. ベイズ統計と熱力学から見る 生物の学習と認識のダイナミクス 日本神経回路学会誌 (2019) 26(3), 72-98

 

 

 懇親会では、もっと「脳の熱力学」に時間を割いて欲しかったとの声が多くありました。

文責:本田直樹