~第3回サロン・ド・脳~ 渡辺正峰さん

演者:渡辺正峰先生 (東大・Max Planck Institute)

題目:アナリシス・バイ・シンセシスによる意識への挑戦 - 20年後の意識のアップロードに向けて -

日時:2019年2月22日(金) 15:00 - 18:00

場所:京都大学医学研究科・先端科学研究棟1F 大会議室

概要:研究対象としての意識は、長らく哲学と科学の間を彷徨ってきた。意識の仮説を検証する術を我々が持たないためだ。素直に考えれば、意識を有する脳を用いて仮説群を検証すべきところだが[1,2]、生体である宿命から、仮説検証に必要な「意識の本質」の抽出が許されない。無理に抽出しようとすれば、今度は脳が死んでしまう。この壁を乗り越えるべく、機械へと意識を宿す試み、すなわち、アナリシス・バイ・シンセシスによって意識の本質へと迫る手法を取り上げる。ここで必須となるのは、機械の意識を検証する手法である。空気がなければ飛行機械の開発がままならないように、人工意識の検証法なくして、アナリシス・バイ・シンセシスによる意識の探求は成立しない。そこで、機械の意識を検証する手法として「人工意識の脳接続主観テスト」[3,4]を提案する。当該機械を自らの脳に接続することにより、自らの意識をもって機械の意識を”味わう”。ただし、人工網膜や人工鼓膜によっても感覚意識体験が生じてしまうように、単に脳に機械を接続すればよいというものではない。テストの可否を握るのは、機械に意識が宿った場合にのみ、脳との間で感覚意識体験が共有される機械と脳の接続のあり方だ。ヒントとなるのは、ロジャー・スペリーによって二つの意識が共存することが示された分離脳である。また「人工意識の脳接続主観テスト」を思考実験として用いることにより、情報に意識が宿るとするこれまでの仮説群の問題点を指摘し、その代案として、神経アルゴリズム(生成モデル)が意識を生むとする自身の仮説[5]を紹介する。最後に意識の機械への移植について議論する。上記、主観テストの方法を用いて機械と脳を接続し、いくつかの仮定が正しかったなら、20年後の意識のアップロードも視野に入ってくる。

 

参考文献

[1] Watanabe, M., K. Cheng, Y. Murayama, K. Ueno, T. Asamizuya, K. Tanaka and N. Logothetis (2011). “Attention but not awareness modulates the BOLD signal in the human V1 during binocular suppression.” Science 334(6057): 829-831.

[2] Watanabe, M.; Nagaoka, S.; Kirchberger, L.; Poyraz, E.; Lowe, S.; Uysal, B.; Vaiceliunaite, A.; Totah, N.; Logothetis, N.; Busse, L. et al.: Mouse primary visual cortex in not part of the reverberant neural circuitry critical for visual perception. (in revision)

[3] Watanabe, M. (2014). “A Turing test for visual qualia: an experimental method to test various hypotheses on consciousness.” Talk presented at Towards a Science of Consciousness 21-26 April 2014, Tucson: online abstract 124

[4] 渡辺正峰(2017)「脳の意識 機械の意識」中央公論新社

[5] 渡辺正峰(2010)「意識」『イラストレクチャー 認知神経科学―心理学と脳科学が解くこころの仕組み』村上郁也編、オーム社

〜サロン・ド・脳〜 第三回目のゲストは渡辺正峰さん

 サロン・ド・脳 第三回は,昨年2018年に「脳の意識 機械の意識」を上梓され,その刺激的な内容から多方面に影響を与えている,渡辺正峰さんにお越しいただきました.「意識」に正面から取り組もうとする渡辺さんが,どんなビジョンを語るのか?今回も,京都大学内外含め,遠方より多くの方にお集まりいただきました.

 アドバイザー篠本先生からのメッセージ「新たなチャレンジについては,厳しく論じ合い,批判してあげることが,結局その人に役立つと思います」と聞いて,奮い立つ聴衆たち.

 

 意識とは何か?まずバックワードマスキングのデモ.意識を,客観的な定義ではなく,聴衆の主観的体験として定義したいという渡辺さんの気持ちが感じられる.マスク刺激があると上書きされ「意識」にのぼらない視覚刺激がある事を,聴衆も確認した.

 

それでは「見えた」「見えない」の報告によって異なる神経活動は,どこから始まるのでしょう? ノルマンディー上陸作戦に例えて,「意識と相関する神経部位」同定を目指して低次視覚系から攻めていこう,という作戦を展開.まずは第一次視覚野には,意識があるのか?もし一次視覚野に意識がないなら,さらに高次領域に攻め入ることができる.ここは正峰さんの過去のScience論文が関わってくる所ですが,そこは強調せず,過去の研究の流れのおさらい.

 そしてマウスの未発表データも登場.詳しくは掲載できませんが,ヒトのfMRIからマウスの多電極記録,オプトジェネティクスまでを自由に使いこなす様は,まさに工学者と脳科学者のハイブリッドならではの迫力.

 

 まず最初の30分で過去から現在までの研究をおさらいする予定が,案の定一時間半かかってしまいます.正峰さん「まずは最後まで聞いてもらっていいですか?」.

 後半の一時間半では,今後の意識研究の方向性を示すための,様々なアイデアが提示されます.

 「風車小屋の意識」:意識をもった風車小屋があるとする.複雑な粉ひきのメカニズムをどこまで解明しても,意識は見当たらない.主観で定義される意識は,客観の科学では解き明かせず,主観の世界で「味わう」必要がある.では,どのようにして味わうのか?

 

 分離脳患者では2つの意識を持つ状態が生まれる.同様に,脳の意識,機械の意識を,脳梁で接続することができれば,機械に生まれる人工意識も「味わう」ことができるのではないか?デバイスの開発まで視野にいれた野心的プロジェクトです.20年越しの大きな夢,意識という客観科学をも超える夢に,聴衆は批判しつつも楽しんでいたようです.

 

 

 懇親会では,大学発ベンチャーの構想を披露し,大学組織だけにとらわれない行動力に圧倒されました.今回は,総勢50名弱,学部一年生から大学院生,教員,社会人と年代も幅広く,また京都大学内のみならず,東大・生理研・阪大・広島大など遠方からもご参加いただきました.今後もサロン・ド・脳は,京都大学を舞台に,自由闊達な神経科学の議論の場を提供していきたいと思います.

文責:濱口航介 (第3回ホスト)